何でもいいけど何か自分の栄養になるようなものが読みたくて
近所の書店の中をうろうろ3往復。
探すのに疲れて平積みだけ眺めていたら、別の本の平積みの上に
一冊だけ間違って置かれちゃったような一冊を見つけました。
元の場所はどこだったんだろう?と周りを見渡したけどよくわかんない。
そもそも何の本じゃ、これ。
と思って帯や中身をさらっと読んでみて、
「あ、これだ。」と思い購入しました。
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| http://www.mishimasha.com/books/chihou.htm ミシマ社HPより |
実際に地方で生きている、いろいろな立場の人たちが、
その場所で生きるということにどんな意味を持っているのかがわかって、
新鮮な気持ちにさせてくれます。
どこで生きるかは、個人の選択です。
どこで生まれたか、というのも大きな要因ではありますが。
私は東京生まれ東京育ちで、地域の人間関係が薄い環境で育ったなぁと思うし、
それが気楽でもあるし、そのことでどんなことを損しているのかも知らないでいます。
特に今は、自分には関わりのない場所に関する仕事をしているし、
子どももいないから近所との関わりといえばスーパーを利用するくらい。
最近隣の奥さんとちょっとおしゃべりしたことすら貴重な体験なのです。
簡単に言うと、今の私はどこに住んでても変わらない状況なのです。
私が大学で学び、今仕事にしている「都市計画」ってのは
私自身、まだなんだかよくわからないカテゴリです。
私の動機は「都市化から自然を守るべきだ。」というようなことだったのですが、
いま日本で求められている都市計画は、少子高齢化、人口減少が今後進むときに
今までの拡大志向の都市計画をいかに転換していくか?ということだったりします。
でもはっきり言って、いま挙げたような都市計画の仕事は、お金にならんから、
民間の仕事としては採算取れなくてやってられないし、行政もお金をかけて発注することをしません。
新しく路面電車をひっぱろう!街並みをみんなでそろえてみよう!
という楽しげな計画も稀にありますが、
仕事として成り立つ都市計画ってのは、開発するときにお金儲けできるように、
あらかじめ決められている建築の制限をとっぱらう仕事が中心です。
その代償として基盤整備とか緑化とか公共サービスを新たにするような
「地域貢献」を開発側でしましょうね、ということを織り込んでいくことが
都市計画としてできる開発の意義、ということになっています。
お金もうけをしようとする人、そこに住む人、公共事業を進めたい人、
いろんな人の思惑をうまく調整して、みんながハッピーになれるような計画を立てるのが
都市計画の仕事なんだ、と先生は言ってました。
でも、それは本当に難しいことで、私が6年間観察している限りでは、
「いろんな人」の中にいる「誰か」を必ず裏切ることになる。
なによりも「こんな街がいいな」と思っている自分を裏切ることもしなければならない。
必要性や経済性とか、開発の側面は理解できても、素直に受け入れられない自分がいます。
生きていく上で何に価値を感じるかは人それぞれです。
経済的に安定するために企業で働きたい、
商売を大きくするためにも、ステイタスを得るためにも、都心で働きたい、
都心の夜景を見渡せて免震構造でコンシェルジュのいる高級マンションに住みたい・・・
もちろん、そういう人が大多数というわけではないです。むしろ一握りかも。
でも、私が仕事で相手にする人というのはそういう、「都心嗜好」の人たちです。
都心は、地価が異常に高いし、そういうとこではしょうがないな、という気持ちもあります。
そういうとこは、もう、ガンガンやっちゃえばいいじゃん。って思っちゃってます。
都心に住むということは、そういう状況にあると覚悟した方がいいと思うようになりました。
でも、そこに自分が住みたいか、というと違います。
職場に近いし、実家も近いし、移動や買い物が便利。
働く時間が中心だから、それが大きなメリットになるのはしょうがないです。
でももし自分の家が再開発や公共事業に巻き込まれたら、
私だったら逃げる(笑)。
そうか。
私の仕事は、私のような人間をそこから追い出す仕事なんですね。
私って、都会向きに出来てないんだわ。
でも意外と、都市計画に携わっている人にはそういう人が多いような気もする。
都会の仕事をしながら、どこか地方に対するあこがれを持っている。
都会の実態を毎日感じているからこそ、地方の良さが見えてくる。
でも地方の仕事はほとんどない。
皮肉なもんで。

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